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サイクリング情報-Team29チャレンジ
このサイトでは、Team29編集長のSGが関東近郊、やがては日本中を自転車で疾走、日本中そして世界中の自転車を愛する人に向けて、役立つサイクリング情報を提供していきます。

新日本プロレスと誠心会館の抗争 後編

その忘れることが出来ない名場面とは、抗争の中盤で行われた、越中詩朗、小林邦昭 VS 斉藤彰俊、田尻茂一のタッグマッチの闘いです。


四人が同時にリングの中で闘うこの試合は、突き、蹴り、投げなど、ゴツゴツとしたオーソドックスな技の応酬となりました。そもそも空手の誠心会館の選手は締め技や受け身などは習得していません。田尻選手が勢いあまってグランドの姿勢で越中選手をスリーパーホールドで締めあげると、テレビ解説の新日本の“鬼軍曹”こと山本小鉄さんは、「その締め方では決まらないですね」などと、冷静に技の分析をしていました。


闘いは進み、越中選手、小林選手、斉藤選手と比べると、実力では一枚劣ってしまう田尻選手が、試合の途中で負傷するというアクシデントが起こりました。


すると何やらレフリーのミスター高橋さんが、誠心会館の選手と新日本の選手の間を行き来して、マイクを持つと会場のファンへ説明しました。


「田尻選手が負傷して、試合を続行することが不可能となりました。しかし、空手側が選手を変えて闘いを継続したいと申し出て、新日本もそれを了承したので、試合を続行します」という内容でした。


大喜びしている観客の中で、誠心会館のセコンドについていた何名かの門下生達の中から、一人の若者がもの凄い形相でリングに立ち、小林選手に闘いを挑みます。


テレビ朝日のアナウンサーは、「名も無い選手がリングにあがり、試合が続行されました!」と実況しています。


空手の練習を少々した“名も無い選手”と、複合的な闘いに備え、体格の違いも歴然としているプロレスラーの小林選手が闘うこと自体に無理があり、この闘いは1分少々で小林選手が締め技で勝利となりました。当たり前の結果と言わざるを得ません。


しかし、仲間がやられて、「こうなったら俺がやってやる」という“名も無い選手”の気迫や、闘いに対する熱意については特筆すべきものがあり、新日本プロレスの40年の歴史の中でも、リングネームがはっきりしない選手がリングにあがったことは、おそらくこの時だけだったのではないかと思います。


この闘いを観たことにより今自分が思うことは、もしTeam29の特派員ATやBTが職場などで理不尽な扱いを受け、ボコボコにされて彼らが負傷した時には、今度は自分が“名も無い選手”となって彼らの仇を取る為に、彼らが日々闘っているリングに上がっていきたいということです。


現実と妄想が入り混じったこの思いですが、自分の想像では、あの“名も無い選手”はプロレスのリングの中での約束事をいっさい知らずに、ピュアな気持ちで仲間の仇をとりにいったのではないかと思います。そんな彼の「1分少々の闘い」は、今でも自分の心に残っています。
(編集長SG・記)


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【2012/05/01 14:00】 | 忘れられない一日

新日本プロレスと誠心会館の抗争 前編

今回は心に残る、かつての新日本プロレスのストーリーについて記載します。そのストーリーは1992年に行われた、新日本プロレスと空手の誠心会館という団体の抗争についてです。


今から20年前の話ということで、自分が覚えている範囲での記述となりますが、この抗争の始まりは、ある会場で誠心会館の選手が、新日本プロレスの小林邦昭選手と控え室で揉め事を起こし、抗争が開始するという、些細な事から闘いが始まるというストーリーでした。


東京ドームで誠心会館のメンバーが新日本プロレスに宣戦布告をすると、数日後、まず当事者である小林選手と誠心会館の実力NO.1、斉藤彰俊選手が闘うことになりました。


この闘いでは小林選手が負傷して敗北するという、ショッキングな結末となり、週刊プロレスという雑誌では、「プロレスが空手に負けた」などと当時の新日本プロレスファンの心理を煽る、屈辱的な表現が使用されました。


負傷した小林選手の仇をとるために、次の闘いで新日本プロレスは、当時若手選手だった小原道由選手を抜擢して、斉藤選手に挑む事になりました。


しかしこの闘いでも小原選手が斉藤選手の蹴り技などで血の海に沈められ、新日本が連敗する結果となりました。


この一連の闘いでは、通常のプロレスの試合とは異なり、果し合い的な位置づけの為、選手の入場シーンでは入場テーマの音楽は使用されず、観客の歓声で盛り上がる中、両陣営が入場するという演出が使用されました。この演出がさらに“リアル感”を醸し出し、闘いを盛り上げることになりました。


そしてこの闘いの輪に、新日本の越中詩郎選手と誠心会館の田尻茂一選手も加わり、タッグマッチ形式での闘いなども行われました。


徐々に新日本が盛り返していき、一連の抗争は両国国技館で小林選手対斉藤選手の因縁の対決が行われ、今度は小林選手が斉藤選手を大流血に追い込み、小林選手が勝利となり、新日ファンが歓喜することになりました。


続く千葉での闘いでは、越中選手と誠心会館の館長である青柳政司選手の闘いが行われ、青柳選手はこの闘いに負けたら誠心会館の魂が入り込んでいる、道場の看板を新日本プロレスに差し出すという決意を表明し、まさに“命を掛けた”闘いとなりました。


しかしこの闘いでは、越中選手が青柳選手をドラゴン・スープレックスで投げ捨てるなどして、越中選手の完全な勝利となり、一連の抗争は新日本に軍配が上がり、抗争は終結することになりました。


勝利を喜ぶ新日本の控え室では、当時の現場最高責任者である長州力選手が、小林選手達に誠心会館から奪い取った道場の看板を「返してこい」と指示を出し、控え室で長州選手が斉藤選手達に遭遇すると、「お前達素晴らしいよ」と気迫溢れる闘いを称えるシーンがありました。


すると一連の抗争で張り詰めた空気の中、心身をすり減らし闘い続けていた斉藤選手の目には涙が溢れるというシーンが週刊プロレスなどで報道されました。


この闘いを通じて意気投合した小林選手、越中選手と斉藤選手、青柳選手は反選手会同盟というグループを結成することになり、後に平成維新軍と改名して選手も増員。浮き沈みの激しい新日本のリングでおよそ7年に渡り活動するというビック・ムーブとなりました。


次回はこの一連のストーリーの中で、自分が忘れることが出来ない名場面がありますので、ピックアップして記載していきます。
編集長(SG・記)

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【2012/04/27 14:00】 | 忘れられない一日

福島市を満喫

米沢駅から新幹線で福島駅に到着しました。


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福島駅周辺を散歩していると、駅前に花時計があったので写真を撮りました。


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撮影後、周辺を見渡すとリーズナブルな美容室があることに気づき、髪を切ることにしました。担当してくれた女性はとても丁寧にカットしてくれました。


美容室を出るとコーヒーが飲みたくなり、スターバックスに入りました。落ち着く席をキープすることが出来たので、ゆっくりと読書をしたり、パソコンで文章作成などをしました。


そろそろ一杯飲もうかなと思い、スタバを出で歩いていると、良い感じの居酒屋を発見しました。前日から豪華な食事が続いていたので、軽く飲もうと思い、かんぱちの刺身を注文すると、厚めに切ってあったかんぱちは、とても美味しかったです。


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びっくりするくらいのお手軽料金で居酒屋を後にすると、続いてラーメンの看板があるお店に入りました。


ラーメン屋というよりは小料理屋の雰囲気のあるこのお店に入り、おすすめと書かれていた塩ラーメンを注文しました。お店の中には自分とラーメンを作ってくれた少し年上と思われる女性だけだったので、「写真を撮っていいですか?」と聞いてから、塩ラーメンの撮影をしました。


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するとこの会話がきっかけとなり、お店の女性は色々な話をしてくれました。


昨年の東日本大震災があった翌日からこのお店を営業していたことや、地震直後は遠方に水を汲みにいっていたこと。福島原発の仕事をしている方が、「俺は先が長くないから・・・」と捨て身で作業に取り組んでいる姿勢についてや、ベクレルとシーベルトの単位の違いについて。風評被害についてや多くの誹謗中傷を受けたことについてなど、時折ジョークを交えながら、明るく、葱をきざみながら、話をしてくれました。


まるで昔からの友人であったかのように、埼玉県から来た自分に対し、福島県で過ごしていた日々の事を語ってくれました。


塩ラーメンを美味しくいただいた後、「ママさん、良い話をするし、雰囲気もいいから、もてるでしょうね。また必ず来ます」と言って、店を後にしました。


店を出るとこの日は強めの風が吹いていて、その時自分の胸の中では、SOPHIAの「この風に吹かれながら」という曲が流れていました。


思いもよらず福島で、現在の日本が抱えている問題の“生の声”を聞く事が出来て、この日は2012年の忘れられない一日となりました。


前日に新潟でへぎそばを食べて、SOPHIAのライブをライブハウスで堪能し、この日は米沢市と福島市でのんびりする事が出来た、素晴らしい旅となりました。ママさんの話、感動しました。話を聞かせてくれたことについて、深く感謝しています。
(編集長SG・記)


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【2012/04/23 14:00】 | 忘れられない一日

N.S.D.Pのライブを鑑賞

2011年10月某日。SOPHIAのBass黒柳さんのブログを見ていると、黒柳さんがSOPHIAとは別に活動しているバンドのN.S.D.Pとうバンドのワンマンライブが渋谷であることが分かり、日曜日の夜は基本的に仕事をしているのですが、なんとか時間を取れる状況だったので、チケットの手配をしました。


N.S.D.Pのライブは2010年3月の男性限定ライブにも行ったことがあり、その時はメンバーが特攻服を来て登場して、ハードロックな音楽を聴かせてくれました。


黒柳さんのブログではN.S.D.PのPVのリンクが貼ってあり、映像を見ると、


http://www.youtube.com/watch?v=KAsrSwWELkY&feature=related


少しPOPな感じに変化していました。


N.S.D.Pのメンバーは、初々しいMCも魅力のボーカルのAtsushiさん、ビューティフル・ギタリストのYUIさん、Bassは“孤高の音楽家”KUROさん、Key/prgは爽やかな印象のKEIJIさん、Drumsは“超高速ドラマー”SHUEさんで構成されているバンドです。


渋谷のStar loungeというライブハウスに行くと、荷物をコインロッカーにしまい、上手側最前列のポジションをゲットしました。辛抱強くライブの開始を待ち、ついにライブが開始となりました。


POPになったN.S.D.Pのサウンドは前回のライブより馴染みやすい音楽に感じ、10月26日発売のファースト・マキシ・シングル
「Calling」や、新曲である「トライバルエリア」などを披露してくれました。


ライブハウスでのサウンドはとても迫力があり、やはり「生演奏で聴く音楽は違うな」と思い、N.S.D.Pのハードロックを楽しみました。


黒柳さんのブログがきっかけで、この日のN.S.D.Pのライブを観る事ができて、とても良かったです。ライブ終了後はCD購入して、意気揚々と帰宅しました。


SOPHIAからN.S.D.Pへと好きな音楽が広がり、さらにここからもっと広がっていく予感を感じ、自宅でCDを聴くと「cosmic girl」という曲が気に入りました。YUIさんの“be quiet”には可愛いなと思い、完全にやられました(笑)。


この日のライブを観たことがきっかけで、何かが始まる予感がする、2011年の忘れられない一日となりました。
(編集長SG・記)


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【2011/11/07 13:06】 | 忘れられない一日

総合格闘技を観戦

職場の仲間にFさんという人物がいます。Fさんとは勤務時間が違うので、仕事の引き継ぎの際に月に数回顔をあわせる間柄ですが、鍼灸の仕事もされていることや、格闘家でもあり、プロレスファンであることなどが徐々にわかりました。


たまに話しをさせてもらい、プロレスの話題などで盛り上がっていたのですが、ある日「今度、格闘技の試合はいつあるんですか?」と聞いてみると、9月の上旬に試合があることが分かり、「観戦に行きますよ!」と話がすすみました。


そして2011年9月3日の夕方に江東区の新木場ファーストリングという会場に向かうことになり、この日は仕事が早く終わる日だったので、新木場駅近くのコンビニ前でビールを一杯飲み、栄養補給をすませた後、会場に到着しました。


チケットは当日Fさんに連絡をして受け取ることになっていたので、17時半にFさんに連絡すると、Fさんが会場前に現れました。


仕事場ではさわやかな好青年という印象のFさんですが、この日は闘いの直前ということもあり、表情や雰囲気も違い、格闘家としてのたたずまいでした。「頑張って下さい!」と握手をしてチケットを受けとり、会場に入りました。


一部の座席を除き、自由席ということだったので、花道脇の席に着くと、リングはとても近く、


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寝技の応酬なども見やすいポジションであることがわかりました。すると職場の知人も二人観戦におとずれ、三人で並んで試合開始を待ちました。


試合が始まると、最初はアマチュアの選手達の試合でしたが、リングサイドでの観戦ということと、純粋に勝利を目指し闘う選手達の姿勢を観て、心を動かすものを感じ、とても楽しく観戦していました。


体格は自分とあまり変わらない選手達も多く、勝利した選手には自然と拍手をしたくなります。そしてついにFさんこと、
藤澤優作選手 VS近藤文博選手の闘いが始まることになりました。


この日の闘いはJML(JAPAN MMA LEAGE)という名称で、格闘技道場の対抗リーグ戦ということで、藤澤選手は空手道禅道会というグループに所属していて、近藤選手はGRABAKA(グラバカ)という格闘技の世界では有名なグループに所属している選手でした。


藤澤選手の入場シーンでは、プロレスが好きな藤澤選手らしく、入場テーマも自分のものにしている様子で、間を考えて入場していました。相手の近藤選手もルックスも良く、雰囲気のいい選手だなという印象です。


試合開始のゴングが鳴ると、普段は職場の仲間として接している藤澤選手が、殺るか殺られるか、自分の力だけを信じ、まぶしいほどの照明が降りそそぐリングの中で相手に向かっていくというシチュエーションに感銘を覚え、拳をにぎりしめ、応援しました!


スピーディーな展開の闘いは、GRABAKA所属の近藤選手も実力者であることが分かる体の動かしかたでしたが、その上をいくかのような空手道禅道会所属の藤澤選手の闘いを観ることができました。


印象に残るムーブ(動き)としては、藤澤選手が近藤選手に足をとられ、観戦しているこちらはヒヤリとしていたのですが、藤澤選手は「そうじゃないよ。それではきまらないよ!」と言わんばかりに、人差し指を左右にふり、頼もしいアクションを見せてくれました。


緊迫感があふれる闘いの結末は、ロープ際で藤澤選手が近藤選手の上になり、パンチで攻め続け、勝利となりました!


勝ち名乗りを受け、花道を退場する藤澤選手は、自分達のところにも来てくれました。「おめでとう!」と声をかけ、共に喜びをわかちあいました。


展開が読めない総合格闘技の試合はハラハラする場面も多いし、選手達の必死さも伝わりやすく、試合展開にのめり込むように観戦しました。藤澤選手の他にも、チョークスリーパーで敗れてしまったものの、トリッキーな動きとスター性を感じさせる佐々木良明選手や、対戦相手との格の違いを見せつけ圧勝したソネ・ギルソン選手など、また試合を観戦したいと思わせる選手も見つかりました。


藤澤選手はプロレスファンでもある為、他の選手達と比べ、“魅せる”という技術に長けているなという印象をもちました。そしてプロの格闘家としてはとても大事なことだと思います。


全試合終了後、会場を出てしばらく入口付近にいると、藤澤選手の姿を見つけることができたので、職場の仲間三人で藤澤選手の所に行き、もう一度握手をしてもらい、言葉を交わしました。


なんとなく大学に入り、なんとなく就職して社会人となった自分と違い、格闘家として自らの道を歩んでいる藤澤選手をこれからも応援していきたいと思います。そして2008年から新たなフィールドとスタイルで仕事をしていく決心をしたため、藤澤選手との出会いがあったことなどを考えると、これからも自分の直感を信じ、歩んでいきたいと思います。この日は“感動”という言葉が胸にきざまれた、2011年の忘れられない一日となりました。
(編集長SG・記)


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【2011/09/12 00:41】 | 忘れられない一日
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